文化とアートのある暮らし

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第2回
「不器用な休符」

あっという間に風が涼しく、窓を全開にして夜を過ごすのが難しくなりました。
秋本番がやってきています。

気分は夏の開放感から少し変化し内向的になりつつあります。こうして季節の変わり目を通り過ぎると、四季折々の変化は体や気分を大きく変える力があることにあらためて気づかされます。
ところで秋に起こりがちな内向的な気分のときには、おいしいご飯を食べ、たくさん寝て、その時に起こっている自分の体の中の変化に正直になってみるのもいいのではないでしょうか。するとやがて、良い出会いが訪れたりします。
普段、仕事場での振る舞いや友人とのお付き合い、いろんな関わりの中でみえている「外見的なもの」は、知らず知らずのうちに自分の中で身につけているコミュニケーション能力の1つです。特に、面接の場やスピーチの時のようなかっちりとした場合に何らかの振る舞いがみられます。大事な場で自然に美しく振る舞うことができると、とても素敵だと思いますし、相手への心遣いやおもてなしが自然にできる方とお話すると、私は感謝の気持ちとともに、いつも憧れが強く芽生えてきます。
ところが憧れどころか、現実にはちっともうまくいかず自分に落ち込むことがあります。
そんな時は、自分以上に周囲の人が敏感に気づくことがあったりして、それは親かもしれないし師であるかもしれない、友人かもしれません。

私は以前に、不器用すぎると言われたことがあります。
時に楽器は人の深層心理を垣間見せるようで、ピアノの音を発する瞬間に働いた心理を音によって見抜かれ、そのようなご指摘をいただきました。ご指摘をした方は音声言語の学者の方です。楽器はとても正直です。
「不器用なひとは作家になれる、作家はみんなどこかが不器用なのですよ。」と、ピアニストとしては少々痛いお言葉でした。それは自分で理解できる部分もあり、最近ではどうしてあの時にこんなこと言われたのだろう、と振り返りながら自分と向き合うようになりました。
これまで何度も将来に大きな不安を抱えることがありましたが、節目の大事な時に仕事を下さったりご縁をつないでいただいたり、そのように救って下さった方は共通して私のひどく不器用な部分に反応し、逆にそこから世界を広げていくための応援をして下さいました。理解のある方は鋭い洞察力があります。憧れを強くもって一生懸命に頑張ることは自分を成長させてくれるきっかけになりますが、一方で不器用さをうまく隠すことができない=自分と社会にあるズレを調節するフィルターを上手に持てない、そのように不器用なタイプの人間でありながら前に進んでいける道を今後も探していきたいと思っています。

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