大人の旅(人生)のはじめ方

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第3回
海に広がる美しき世界自然遺産、小笠原

1835年、チャールズ・ダーウィンが『ビーグル号』で後に世界遺産登録第一号となるガラパゴス諸島を訪れ『種の起源』のヒントを得た時、小笠原諸島(以下、小笠原)ではナサニエル・セイバリーをはじめとする欧米人の移住が進められていました。同年は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎や慶応義塾の創設者・福沢諭吉が生まれており、まさに江戸から明治への激動の時代です。小笠原は1539年に小笠原貞頼により発見されたと伝えられています。その後1830年まで定住者はおらず『無人島(ボニンアイランド)』と呼ばれていました。1853年には『ミシシッピ号』を旗艦とする4隻の黒船でぺリー提督が沖縄を経て小笠原の二見港に寄港しています。江戸幕府も1861年に『咸臨丸』を、また、明治新政府も1875年に『明治丸』を小笠原に派遣しています。『明治丸』は、イギリス海軍『カーリュー号』より2日早く派遣されたこともあり、1876年には、国際的に日本の領土と認知される基礎をつくっています。昭和初期には天皇が戦艦『山城』にて行幸し、貴重な海洋生物の調査をおこなっています。20世紀の太平洋戦争では『硫黄島』が激戦の地となり『父島』も要塞化され、1945年9月3日にアメリカの駆逐艦『ダンラップ号』艦上にて小笠原の降伏文書が調印されました。その後1968年に日本に返還され、現在では父島及び母島を中心に東京都1319万人の人口の内、約2300名が暮らしています。また年間約17000人の観光客が小笠原を訪ねています。

その小笠原が今年の6月24日に日本で4件目の世界自然遺産(東北の白神山地、九州の屋久島、北海道の知床)に登録されました。小笠原は東京から約1000キロ南の太平洋上にあります。小笠原群島と火山(硫黄)列島に大きく区分され、主島である父島の広さは24k㎡、一番高い山は318m(中央山)です。どの島も成立以来大陸と陸続きになったことの無い『海洋島』で、隔離された環境で生物が独自の進化を遂げたことから『東洋のガラパゴス』とも呼ばれています。小笠原でしか見られない生き物も多く、カタツムリ類の9割以上、シダなどの維管束植物は3割強が固有種です。

小笠原の気候は年間を通じて温暖であり(年平均23℃)気候帯は緯度を同じくする沖縄と同じ亜熱帯に含まれています。年降水量は1280mmで比較的乾燥しており、一年を通じ雪や霜は全く見られません。海水温の年平均は23.9℃で最低月の3月でも平均水温は20℃を下回ることはなく、ダイビングやシュノーケリングなどのマリンスポーツも通年で満喫できます。

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