荒野のエッセイスト(映画編)

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第18回
ユジンの家

ソウルには、韓国の伝統家屋と近代的なカフェの共存する北山(プッチョン)という街がある。
TVや映画のロケ地として使われた北村八景という観光スポットを辿る。
たまたまインフォメーション・センターで手にしたマップを片手に、石垣と瓦屋根に囲まれた坂の多い道を、僕はのんびりと歩く。
独特の風景に見とれているうちに、自分がどの位置にいるのかが分からなくなり、立ち止まって地図を眺めていると、どこからともなくメガネの女性(オバサン)が現れ、
「どちらに行きたいのですか?」
と流暢な日本語で話しかけてくる。
北村八景の中の二景と呼ばれる場所に向かっているのだと答えると、行き方を親切に説明してくれる。
「『冬のソナタ』は好きですか?」
オバサンが突然、人懐っこい顔で尋ねる。
あまり興味はないが、そうとも言えず
「はい、まあ……」
などと適当に言葉を濁らすと、すぐ横にある白いカベの大きな家を指差し、
「あれがユジンの家ですよ」
と教えてくれる。
ユジンとは「冬ソナ(冬のソナタ)」でチェ・ジウの演じた役だ。
僕は景福宮(王宮)観光の延長で、たまたまその街にやって来ただけだったので、オバサンの言葉に素直に驚いてしまう。
「そうなんですか。じゃ、写真でも撮っておこうかな」
「シャッターを押してあげますよ」
「ありがとうございます」
意外な場所で記念撮影が始まった。

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