荒野のエッセイスト(映画編)

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第30回
黒澤明とセントバーナード

かつて黒澤明監督のお抱え運転手だった
N氏から年賀状が届き、そこには
「黒澤さんとレオ君の写真のネガがありますが、
お送りしましょうか?」
という一言が添えられていた。
レオ君とは1960年代に黒澤家で飼われていたセントバーナード。
通称はレオだが、正式名称は
アンナプルナ・オブ・ローズ・ブランシュ……
で始まるとてつもない名前だった。

この時代の黒澤明の写真はきわめて少ない。
「自分の姿なんか見たくもない」
というのがその理由で、
何枚かのスナップは残っているものの、
カメラに向かってニッコリというようなものは
皆無と言っていいだろう。

一体どんなネガなのだろう…?
僕はすぐに「ぜひとも」と返事をする。
N氏から、数日後の一通の手紙とともに
12本のネガが送られてきたので、
すぐに現像に回す。
東松原(東京)の自宅の庭でポーズを決める
堂々たるレオの姿(12枚)や
リビング・ルームでくつろぐ
黒澤家の人々とレオの子供(32枚)が
なんともいえない色合いの写真となり、
半世紀のときを越えてよみがえる。
そこには写真ではめったに見ることのできない
黒澤明監督の貴重な笑顔も写っていた。

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