荒野のエッセイスト(映画編)

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第31回
黒澤明60番目の言葉

黒澤明監督には
いつも怒鳴っているという印象があるが
実は決してそんなことはない。
黒澤家のお抱え運転手であったN氏も、
撮影の現場ではどんなに厳しくても、
身内にはとても優しい人だったと断言する。
そのことは黒澤明の甥である僕も身に染みて分かっている。
運転手をつとめていた時期はと尋ねると
「『椿三十郎』から『どですかでん』まで」
と答える。
さすが映画監督の黒澤家の運転手である。
つまり、1961年から1970年の10年間。
その間に怒られたことは
「たった一度しかありません」
とのことだった。
その一回とは……?

やはり気になるところだ。
黒澤監督はパイプに凝っていた時期がある。
それから少し遅れてカメラマンの中井朝一さんも
パイプを使い始めた。
同好の士を得た黒澤監督は
お気に入りの刻みタバコを中井さんに届けるようにと
N氏に託した。
N氏が東宝の撮影所にタバコを届けると
あいにく中井さんは不在。
N氏はタバコを中井さんのロッカーの上に置き、
その旨を衣装係に伝えた。
しかし、何かの手違いで、
そのことが中井さんの耳には届かなかった。
それを知った黒澤監督は激怒。
N氏はしみじみ「あの時は凄い目をしてました」と語る。
その後に黒澤監督の口から発せられた言葉は……

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