江戸の名残を歩く

バックナンバー

第3回
尾張徳川家の幻の庭園・戸山荘を訪ねる・その1


戸山荘の説明文

今回からは、同じ徳川家でも徳川御三家ゆかりの江戸の名残を訪ねていきます。御三家筆頭の尾張藩からはじめることにしましょう。

尾張藩は石高こそ加賀100万石の前田家、薩摩77万石の島津家よりも少なかったのですが、その格は将軍に次ぐものでした。将軍に跡継ぎがいなかった場合、尾張藩のお殿様は最有力候補だったのです。ですが、江戸300年の間、将軍の座に就いたことは一度もありませんでした。

尾張藩に限らず、諸大名は幕府から3つ以上の屋敷を与えられていました。殿様が住む上屋敷、隠居した殿様や殿様の跡継ぎが住む中屋敷、別荘などの用地として活用された下屋敷の3つです。下屋敷が2つ以上与えられる事例が多かったため、3つ以上の屋敷になるわけです。

尾張藩の上屋敷は市谷にあり、現在は防衛省の敷地となっています。中屋敷は麹町にあり、現在は上智大学の敷地となっています。下屋敷は複数ありましたが、尾張藩の下屋敷と言えば、13万坪以上の規模を誇る戸山荘の名前で知られた屋敷が有名で、現在の新宿区戸山にありました。現在は都立戸山公園や戸山ハイツなどになっています。

その壮大な庭園は数多くの見所があり、その評判を聞きつけて、将軍も訪れたほどです。将軍様になった気分で、戸山荘を訪ねてみましよう。

江戸城にいる将軍が戸山荘を訪れる時は、牛込御門をくぐって向かうことになっていました。現在の飯田橋駅近くに、牛込御門を伝える石垣が残されています。そこから西の方角を見ると、外堀そして坂が見えます。その坂が、神楽坂です。

コメント