お取り寄せからみたニッポン

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第20回
鳥取県・日本海が育てた弓浜絣

砂地の綿栽培から広がった絣織物

水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターがあちこちに並ぶ境港市や、米子市一帯が位置する弓ヶ浜半島。弓のような緩やかな曲線を描く長い白い砂州に植えられた防風林の松林が風情を漂わせ、日本の白砂青松100選にも選定されている。この半島の名前を持つ織物が、鳥取県では因州和紙、出雲石灯籠と並んで、経済産業大臣指定伝統的工芸品として指定されている「弓浜絣」だ。

ここでの綿栽培は、江戸時代の中期に境港に綿作が移入されて盛んになったという。砂地は米作りができないため、農家は綿栽培に力を入れた。弓ケ浜の砂地と潮風に鍛えられて育った綿は品質も良く、その結果、半島の砂地で栽培された在来種の和綿「伯州綿」は、幕末には鳥取藩を代表する産業にまで育った。
この豊富な木綿を使って、農家の女性達が農作業や家事の合間に糸をつむいで機を織り、家族や自分のために晴れ着から日常生活に必要な衣類、のれんや巾着などの布製品を作ったのが「弓浜絣」だ。
絣は、手つむぎの糸の太さが均質ではないため、ざっくりとした独特の厚みやあたたかな風合いをかもしだす。丈夫で耐久性にも優れている。その織物に女性たちは、家族への愛情や真心を込めて、濃い藍色の地に白抜きの先染め平織りで、鼓や扇面、鯉、鶴・亀、菊花、松竹梅、七宝つなぎといった縁起物の絵柄を織り上げた。

江戸時代から明治にかけて生産量は増え、全国でも人気が高まった。明治7年には、鳥取県は絣織物の生産量で全国第3位にまでなったが、その後、衰退。戦後は後継者も不足し、絣そのものの需要も激減。「弓浜絣」も消滅が心配されたが、昭和40年頃から弓浜絣保存運動が起こり、鳥取県弓浜絣協同組合が発足し、昭和50年、国の伝統的工芸品に指定された。現在は、境港市麦垣町の「弓浜がすり伝承館」を拠点として、技術の継承や後継者の育成など様々な取り組みに尽力している。また、特産品化を目指して、境港市農業公社が在来種の和綿「伯州綿」の復活にも取り組んでいる。

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