『ものづくり』からできること

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第17回
時代に奪われた「虚栄心」

今や「高額なモノ」を所有して、他人へ自慢することができない。
どちらかと言うと「体験」による自慢が増えてきているように感じませんか?

その昔、スーパーカーブームがありました。もう40年も前の事です。私と同世代もしくは、それ以上の方でしたら、車に興味が無くても記憶にあると思います。海外からやって来たスポーツカーはどれも日本車とは形状が異なり、箱型に比べ流線型で艶やかな出で立ちでした。エンジンも強力なもので、当然、スピードもケタはずれに凄かったものです。子供の間では、ミニカーやプラモデル、カード、模った消しゴム「スーパーカー消しゴム」などが流行りました。中でも、ブームを煽るマンガの登場に大人たちを巻き込む社会現象にまで発展したのです。週末になると各地イベント会場では、スーパーカーの展示および乗車体験(助手席の乗車)ができるという事で長蛇の列ができたと聞きます。

時が経った今日、スーパーカーの存在はどうでしょうか?
優美なスタイリングや突飛なパフォーマンスを与えられ、不動産価格をも凌ぐプライスタグが貼られた、まさしくスーパーな車は今でも存在します。しかし、誰もが興味を示すものではなくなりました。今はスーパーカーに見慣れていなかった時代の人と違って、既にどういうものなのか知ってしまった現代人にとっては刺激が少なくなったようにも思えます。スーパーカーの存在意義は、一部の人にとっての「実用車に過ぎなくなった」のかもしれません。あの頃のように、スーパーカーに憧れた気持ちは一体、何処へいってしまったのでしょうか?

その当時は車に限らず、身分相応以上に高級品を所有することに喜びがありました。自己満足ともう1つは、「虚栄心」です。虚栄心とは見栄を張ることで、優越感を得て、喜びを感じるという事です。私は、それもひとつの商品価値だと思っています。見栄を張る人とそれを見せられる人との違和感が大きいほど、その価値は大きいと言えます。もちろん、他人の自慢など見せられる(聞かされる)方は面白くありません。人道的にもあまりいい事ではありませんよね。
そこで考えてみましょう。今の時代、モノの自慢話で嫌になることが少なくなったように思いませんか?気にならなくなったと言った方が良いかもしれません。それは、昔と異なりモノが豊富で、また高級品に依存しなくなったことが原因です。高価なモノが常に良いものであり、安かろう悪かろうが必ずしも成立しなくなったからです。そうなると、無理して高いものを買わなくても高性能なものが手に入るようになるので、消費者の目は「費用対効果」に向けられます。「高いもの(高級品)はお金を出せばいつでも買えるので、とりあえず今は買いません。」って言うように、高級品にはとても淡白になっています。
この「いつでも買える」がスーパーカーや高級ブランド品のオーナーの虚栄心を失わせてしまうのです。ですから、「なんちゃって富裕層」は無理してまで高級品を購入しようとは思わなくなりました。自分を演出しなければいけない職業の方もいらっしゃいます。すべての人に当てはめて考えてはいけないのですが、そういった方にはとても辛い時代になりました。

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