実例で学ぶ事業承継のポイント

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第5回
孫に事業を継がせたい(前編)

これまで4回に渡って、事業承継にかかわる様々な問題点を紹介してきました。事業承継は、機械的に進められるものではなく、その対応の仕方は、状況に応じて大きく異なります。私は様々な事例との出会いを重ね、日々学んでいます。
自分なりの方法で、事業承継の対応を進めている意識の高いオーナー経営者は、数多くいらっしゃいます。しかし、多忙極まるオーナーには、じっくり考える時間がないのも現実でしょう。年の初めのこの時期に、少しだけその時間を作ってみるのも一考ではないでしょうか。是非、おすすめいたします。
さて、これから数回に渡って、私が事業承継コンサルティングをさせていただいた事例で、印象的なものをご紹介していきます(「守秘」の観点から、事例に若干の脚色を加えていることをお許しください)。
これまで私は、世のオーナー諸氏の苦悩と承継が実現できた時の喜びを共有させていただきました。その経験がみなさまのご参考になれば幸甚です。

70代オーナーの密かな想い

年末から正月にかけて帰省され、ご家族やご親戚とお会いになった方も多いと思います。私もこの歳になると、お年玉が結構な額となり、正直痛い(笑)のですが、年に一度、みんなの元気な顔を見るのは楽しみでもあります。
「同族」と一口に言っても、それぞれ違った人生を歩いているもので、時が経てば、仲が良かった兄弟でも、「考え方」や「価値観」が少しずつ離れてきていることを実感したりします。それでも、年に一度の親交なら、酒を酌み交わし、「兄さんのとこはいいねぇ」、「いやあ。お前の息子と違ってウチはなあ」などと、時にはグチを交えて語り合うのは一興かもしれません。これから紹介する事例は、そうした宴席で、事業承継の話をして、意思がうまく伝わらなかったことが根底にあった話です。
70代になってもまだまだ現役で、社長として活躍されているオーナーがいらっしゃいました。実子は長女だけだったので、その長女の婿が役員を務めていました。ただ、50歳を過ぎてから、全くの別業界から入社したという経緯がありました。オーナーは能力があることは認めつつも、年齢や経験を考えると、会社の将来を娘婿一人に任せるのはどうかと考えていました。
そんな中、次の後継者を早急に決めなければならない事情が生じ、私がその相談に乗ったのです。私としては、親族だけでなく、会社の番頭格の社員などについてもいろいろ話を聞き出し、複数の承継案を考えておりました。
するとある時、オーナーは日頃の元気の良さからは想像もつかない寂しそうな声でこうおっしゃったのです。「孫に継がせるのは無理だろうし…」と。
実は、娘婿夫婦には大学を卒業後、会社勤めしている子(長男)がおり、オーナーは、密かにその子に会社を継がせたいという希望を抱いていたのです。ただ、以前にその子に会社を継ぐ気があるかどうか意思を確認したところ、断られた経験をお持ちで、最近は、お盆と正月に会うだけの関係。しかも、近年に結婚もしており、ますます疎遠になったのとのことでした。

家族会議を提案

しかし、よくよく聞いてみると、あらたまった感じで聞いたわけではなく、お孫さんが学生時代に帰省した時、しかも「宴席」において、「じいちゃんの会社に来るか?」と軽い調子で聞いてみたとのことでした。お孫さんは明確に答えなかったそうですが、オーナーは、「断られた」と思い込んでいる様子でした。
事業承継をスムーズに進めるために、オーナーの憂いを払拭するのも私の仕事。そこで、私は次の提案をしました。

『私が役員(娘婿)と一緒に、お孫さんにお会いし、「家族会議」を開いて、今の会社の状況とオーナーの想いをお伝えしましょう。その上で、お孫さんからご回答をいただくのは如何でしょう? それで実現困難となれば次の手を考えましょう』

「わかった。それで行こう」
オーナーは静かにおっしゃいました。一代でここまで会社を大きくしてきた経営者の風格がそこにはありました。その言葉を聞き、私は動き出しました。その結果は次回に…。

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