荒野のエッセイスト(映画編)

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第23回
シャングリラ・レポート

ジェームス・ヒルトン……。
この名前をご存じですか?
アメリカのホテル王でもマカロニ・ウェスタンのスターでもない。
「チップス先生さようなら」を書いたイギリスの小説家の名前だ。
その他の作品は「失われた地平線」があり、
そこにシャングリラという言葉が登場する。
飛行機事故で、チベットの奥深い高原に不時着した領事とその一行が
地元の人間に救助される。
気がつけば、そこは文明から隔絶された緑の大地。
男が「ここはどこか?」と尋ねると、
一人の老人が「シャングリラ」と答える。
チベット語で「楽園」という意味だ。

この言葉はいつしか世界中に広まっていく。
では、そのシャングリラはどこにあるのか?
チベットあるいはその周辺にあることは確実だが、
具体的には特定されていなかった。
ところが、中国の雲南省にある中甸(ちゅうでん)という町が
小説の中のシャングリラに最も近いとされ、
2002年は中国政府がその町を
「香格里拉(シャングリラ)」と改名してしまった。
やることが大胆だが、これで雲南省の一部は、
名実ともにシャングリラとなった。

その名前にひかれ、飛行機に乗った。
果たしてそこは本当に楽園、桃源郷、天国なのか?
山々に囲まれた初夏の草原。
キンポウゲ、アズマギク、ナツトウダイ等々……。
あまり日本では見たことのない高山植物が一面に咲き乱れている。
牛、鳥、ヤクがのどかに歩いている。
日本人の僕から見れば、とてつもなく壮大な
いやしの空間であることは間違いない。
手つかずの風景の中に浮かび上がる動植物……。
当然、動物のフンがころがっている。
美しい花の上をのたくっているヒルの姿も見た。
楽園には不似合いだが、これこそが大自然の姿だ。
美しいだけのシャングリラなど、
心の中にしかないということだろう。

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