実例で学ぶ事業承継のポイント

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第7回
社員による事業承継~たたき上げ社員に社長業を伝授する~

前回までの2回に渡って、「家族会議」の効力について、実例を挙げて説明させていただきました。親族同士であっても想いを通わせることはなかなか難しいものです。2代目、3代目は、子供の時からオーナー一族であるという意識を持っているはずなのに、自分が事業を継ぐということを、現実のこととして考えることができないケースが多いのです。そして、オーナーの体調不良などのきっかけがあって初めて、事業継承という問題に直面することがよくあるのです。
とはいえ、最後の最後は、「一族としての心意気」ともいうべき使命感で、一族が一致団結し、事業承継を実行できることが少なくありません。しかし、一族に頼ることのできない場合はどうすればいいのでしょうか。
今回は、オーナー一族ではなく、たたき上げの社員が後継者の役目を担い、そのオーナー一族や会社を支えている事例をご紹介します。親族でも難しい「想いの承継」をいかにして行っているのか。是非、参考にしていただきたく思います。

バトンを確実に渡すのが社長の役目

その企業は比較的大きな都市にあり、素材加工業を営んでいます。年商は約200億円、社員は150人程度の規模で、オーナーが一代で築きあげた会社です。高い技術力が会社を支えており、社員は主に中学や高校を卒業すると同時に入社し、先輩社員の下で技術を身に付けていきます。オーナーや役員も含めて、いわば職人集団の会社であり、強固な師弟関係が基盤になっています。
ある時、オーナーは生え抜きの役員に社長の座を譲りました。自分は会長に退きましたが、新社長に任せた後は、発言を控えるということはしませんでした。逆に「社長の役割とは何か」といった経営者としての基本的な姿勢から、財務諸表の見方など実務的なことまで、社長に必要なものすべてをその新社長に徹底的に叩き込んでいくのでした。まさに、先輩職人が後輩職人を鍛えるかのように。
一代で事業を築きあげてきたオーナーに、とことん指導され、新社長は徐々に「経営者」としての能力を発揮していきました。そもそも数ある後輩職人の中から「オーナーの目」で選抜した人材なのですから、経営者としての資質があったのです。
やがて、経営者として独り立ちできたと判断したオーナーは社長にある指示を出します。
「おまえの目で、誰に任せたいかを決めろ。そして、お前が育てろ」と。
後継者育成を命じられた社長は分かっていました。自分のミッションとは何かを。それは、自分が社長になって、「自分の時代」となったのではなく、自分にバトンが渡されただけであること。そして、それを持って全力で走ったあとに、次の走者に着実にバトンを渡すことが自分の役目であることを。
「この会社を潰さない。必ず次世代に繋げてみせる」
若い頃に実家を出て、住み込みでオーナーの元で働いた社長にとって、オーナーは父親同然の存在です。オーナーへの恩義もありますから、社長がこう思うのもごく自然のことでした。

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