名医に聞く

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第9回
〈がん(化学療法)〉 分子標的治療薬が大きな変化をもたらしつつある

分子標的治療薬の特徴と不思議

かつて多くのがんは、死と直結している病だった。
治る人がいくら多いと聞かされても、死に至る病のイメージは消えない。
だが、昔とは明らかに変わったことがある。告知の問題だ。
「私が医者になったころは、たとえがんになったのが医者だとしても、病名は告げませんでした。カルテを二重に作成して、本人には嘘のカルテを見せたりしてね」

佐々木院長によれば、1985年ごろから病名の告知が行われるようになり、2000年ごろからは、病気の悪化状況まで隠さず告げるようになったらしい。いわゆる「余命宣告」も。

「化学療法を行っていても、もし使う薬がなくなったときは、もう治療法がありませんと、正直に告げる時代になりました。
それは患者さん本人の人生であり、知る権利、自己決定権が重視される時代となったこともあります。どのような選択肢があるのか、きちんと情報を得て、最終的には患者さん本人が決めなければならないからです。自分の状態をきっちりと説明されていなければ、新しい治療法の治験なども受けられませんからね。しかし、私のところには、あと3カ月の命ですと言われて、涙ながらにセカンド・オピニオンを求めて来られる患者さんが絶えません。私も、治療法がない場合には正直に話さないわけにはいきません。でも、あと3カ月の命ですと医者から言われて、患者さんは奈落の底から這い上がり、立ち直ることはできるのでしょうか? 私はその方法をいつも考えています」

私の周囲にも、がんから生還した人間は少なからずいる。一方で、クリスマスパーティーを楽しんだ友が、わずか3カ月後には帰らぬ人になった。彼はパーティーの時、自分の余命を知っていただろうか? 考え出すと胸が苦しくなる。

「治療法の進歩によって、がんは治せるようになってきました。ただ、そうは言ってもやはり、亡くなられる患者さんも多くいます。しかも悲劇なのは、病院の主治医から、もう治療法はありません、好きなところへ行っていいですよ、寿命は後○カ月と思ってください、と言われて途方に暮れる“がん難民”の発生です」

難民の多くが向かう先は在宅で過ごすかホスピスだ。在宅で過ごす場合、高額の民間療法に頼る人もいる。昔はホスピスでも化学療法をしていたが、今は外国のホスピスと同様、症状を緩和するケアだけのところが多くなった。これは、ホスピスは包括医療となったことから、1日の治療費が決まっており、延命効果を期待しての治療を行うところが少なくなったのだ。
「医療者と患者さんには意識のズレがあるんです。東京大学病院の調査によると、がん患者の81%は最後まで病気と闘うことを望んでいますが、医師はわずか19%でした」

苦悩を吐露する佐々木医師。だが、そんな心に薄日が差すニュースが、最近になってもたらされている。分子標的治療薬についての最新データだ。

「1つはこれまで、ある分子標的治療薬では、白血病が完全に治ったようにみえても、いつ止められるかがわかりませんでした。それが、わかるようになりそうなんです。もう1つは、投与中にいったん効いたけど効かなくなってしまった場合でも、続けて投与した方が生存期間が長いことを示唆するいくつかの報告が出てきました。ある報告では、悪化してから投与をやめた場合の平均生存率は60日なのに対し、続けた人は191日でした。分子標的治療薬は不思議な薬です」

日々進化する化学療法。中でも分子標的治療薬には、かなり期待できそうだ。

※固形がんとは白血病のような血液の癌を除く癌をさす。
よく見られる固形癌には胃癌、肺癌、乳癌、大腸癌などが含まれる。

名医のプロフィール

がん化学療法の名医

佐々木 常雄(ささき つねお)

がん・感染症センター東京都立駒込病院院長
1945年 山形県生まれ。弘前大学医学部卒業。青森県立中央病院内科、国立がんセンター内科レジデント、東京都立駒込病院 化学療法科、同 副院長を経て、2008年より現職。
主な著書は「がんを生きる」(講談社現代新書)、「抗がん剤の作用・副作用がよくわかる本」(監修、主婦と生活社の友社)、「がん治療パーフェクト」(編、羊土社)など。


著書のご紹介

がんを生きる

佐々木 常雄 著/講談社現代新書

「余命宣告された患者さんは、どうすれば奈落から這い上がれるのか」を、いつも考え続けているという佐々木先生からの、優しく真摯な問いかけ。胸にささります。(木原)

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